この設計は月面上にロボットによって施工する枯山水や、それにまつわる計画です。
1968年のアポロ8号の月までの飛行から半世紀が経った現代でも、宇宙開発において月面基地は常に掲げられる大きな目標ですが、それは未だ遠い目標です。
居住空間の建築という高度な施工に向けた中間の目標として行う、比較的簡易的な施工実験として月面枯山水を計画しました。
同時に、人類史や文化としての宇宙開発の価値を再構築することを目標としています。
月は地球に対して常に同じ面を向けているため、
月面から観る地球は常に一点に停まっています。
その位置は月面上の緯度経度で決まり、緯度が高いほど地球は低い位置に見えます。
枯山水の先の地球を借景として捉えるため、「20~25°の位置に地球が見える」「名前が付いている中で比較的小さめのクレーター」と条件を絞った結果、
『エピゲネス』というクレーターの中央を敷地に設定しました。
月は地球と同じ約46億年前に誕生し、数億年間の隕石衝突などを経て現在の形になりました。
その姿は人類が存在する前から全くと言って良いほど変わらず、有史以前からも全ての人間は同じ姿の月を観ています。
しかし、月の「見え方」は地域や時代によって全く違います。古くは暦や夜を司る存在、竹取物語のような異世界でした。
望遠鏡や万有引力の法則により天体の概念が広まり、月は神話から天文学の存在になりましたが、それでも月はほとんど謎の天体でした。
冷戦時代の宇宙開発競争によって月の地表や成分などがわかり、人が足を踏み入れました。
そして、月はたどり着けない未開の地ではなくなり、
人類がたどり着いた最果ての地へと変わりました。
月の存在は人類が存在する前から全く変わりません。
しかし、人々の月の見え方は変わり続けます。
着陸船からは月面上での定点観察を行うため、全方位にカメラを向けます。そこから、地球の庭では、1方向に作ることが多いですが、360度円形に枯山水を作ることにしました。
作庭はその土地の特徴を読むことから始まります。月と地球の土地の大きな違いは、クレーターの存在があります。クレーターは大小さまざまな隕石が衝突した衝撃波によってできた「波紋」です。
隕石はすでに蒸発しているものの、それを既に据えられた「石」と見ることにし、砂紋を描き足すことにしました。
日本の美は時に「侘・寂」という概念で語られます。
水はおろか大気も、地球に有るような色も音も生命も
無い月の世界。その地表は数十億年ほとんど変わること
無く、太陽風などによって風化されています。
太陽の動きは、地球の約1 / 27で、
昼夜がそれぞれ2週間続きます。
もしこの世界に美しさを見出すとすれば、
それは「侘・寂」の心なのかもしれません。
枯山水の設計や施工は、月面上のロボットと地球上のスタッフとの連携で行われます。
特に枯山水のデザインは、疎石のスキャンした石や円憬庵や雲水から得た地形データを元に行われます。
月でスキャンされた地形と石のデータから3Dプリントなどを用いて複製し、地球で仮組みという仮の施工を行いデザインを決定します。その決定されたデータを元にロボット達が半自動で施工を行います。
しかし、ロボット達は太陽光や原子力電池によってしかエネルギーを得られないため、単純な施工ではありながら長い施工期間が必要になります。また月では表面温度が-170℃以下になる夜が2週間続きます。その期間の施工はロボットの故障に繋がるため施工を行うことはできません。
月面への着陸船。着陸後は太陽光パネルを展開して発電を行い、月面枯山水の光景を地球に送る拠点となります。
枯山水が周囲360度に作られるため、4面にあるカメラで撮影を行います。月面から地球や太陽など天体の観測をカメラを中心に継続的に行い、ほぼリアルタイムで地球の姿を地球へ送ります。
形状は丸柱や扇垂木など、禅宗建築の様式をモチーフにしたデザインとなっています。和風家屋において縁側から庭に向かい坐禅をする時の目線の高さにカメラが設置されており、上下の太陽光パネルはそれぞれ屋根・縁側と同じように太陽光を遮り、光景を切り取ります。
円憬庵が地球へ送る月面からの光景は、月面上のモノクロームの世界にある枯山水と青く輝く地球、もしくは一面の星空でしょう。
月から見上げる地球は、動くことなく留まり続け、その27.3日周期で満ち欠けを繰り返します。
地球から見て満月の時、月からは地球は暗く新月の状態に。新月の今日、月面からは地球が丸く、満地球を見ることができます。
その映像は科学的な観察・研究用途のほかにも、地球上の多様なメディアで利用されるかもしれません。スマートウィンドウやCG空間、CMや映画などの背景やニュース番組の天気コーナー。社会の教科書、掛け軸、銭湯の壁画、カラオケの映像…?
リアルタイムの地球の姿を常に観ることのできる時、人はそこに何を思うのでしょうか。
レゴリス(月の砂)を運び、砂紋を作るロボット。
禅宗における修行僧の呼称から命名。周辺の土地をならし、石を立てるための掘削などを行う役割を持っています。地形をスキャンし、そのデータから行った仮組みを基に、自動で施工を行います。
レゴリスは数億年の風化によってできた非常に細かい粒子で、その上を移動しただけでも跡が残ってしまいます。そのため、最後の砂紋を描く工程でキャタピラの跡を消すため前後にブラシ・ショベルが付いています。
月の石を収集、運搬、設置するロボット。
歴史上の庭師であり禅僧でもあった夢窓疎石から命名。
単独で石を探し、庭に据えるなどの役割を持っています。石の形状をスキャンし、その3Dデータは円憬庵を経由して地球に送られ、そのデータを基に石選びや設計、仮組みが行われます。
2本のアームで石を持ち上げ、車体を回転させて荷台に載せ、敷地まで運びます。施工作業終了後は、雲水と共に着陸時のように円憬庵の下に格納され、バッテリーや原子力電池などを共有します。
宇宙開発は科学的な価値以上に、その社会的、人類史的な意義などが求められる傾向があります。半世紀前の宇宙開発競争はまさに、国家をかけた人類史上の成果を競うものでした。
現代は冷戦も終わり、宇宙開発ベンチャーや様々な国家が宇宙開発に乗り出し始めています。
この先の宇宙開発では国力や科学的な価値のみならず、文化として無数の価値観が生まれると考えています。月面枯山水では、その無数の価値観の中で起こりうる伝統文化と最新技術によって生まれうるものの一つです。
もしも月に何かを作れる時が来たら、あなたは何を作りますか?